Diary

メンタルケアのセラピストが占いの情報や心のケア、日々の出来事を綴っています

後悔のないように生きる、ということは


こんにちは。


今日、これから書くのは、私のケースや考え方です。

人それぞれのご事情や変化のペースがあると思うので、その辺りは線引きをしながら読んでいただければなぁと思います。



****



うちは4人家族で、父は口数がすくなく寡黙で、自分より高収入の母には頭が上がりませんでした。
そして母はどちらかというとワンマンで、一家の大黒柱でうちの中のことを取り仕切ってた人。
妹がいますが、妹は母とべったりで、母も妹を溺愛してました。
そして彼女たちは、論理よりも、自分達の感覚や主観が絶対で正しいとも思ってて。
言い出したら聞かないし、分が悪くなると大声でわめいて力づくで強引に、自分達の立場や目的を通そうともしていました。

私はというと、反対に理屈っぽく、大人びてて、冷めている子供でした(子供の頃から本が友達でした)
なので無意識のうちに母や妹の話の矛盾を突いてしまうため、「あんたは私たちと違う」「あんたは絶対にうちから出ていく」と言われてました。水を差されたり逆らわれるので、私のことがかわいげなくて疎ましかったからだろうと思います。


たとえばこんなことがありました。
「私は人が何を考えてるか全部わかる!」と自慢げに豪語している妹たち。
けれど私はそれを、「うん、そうだね、私もそう思うよ」なんて肯定するようなことは嘘でも言えず、「え、そんなはずないでしょ?」って、つい正直に言ってしまって。
すると妹が「バカにされた」と逆ギレして大泣き。
それを見た母が私に「謝りなさい、お姉ちゃんなんだからもっと妹にやさしくしなさい」とどなります。
私はというとますます、なぜ自分が叱られたり、おかしなことをいう妹を立てて我慢しなくちゃいけないのかと、訳がわからなくなって混乱する、とか。


とにかく「私たちとは違う」「いつか出ていく人」といわれるたびに、母と妹からは遠回しに自分が嫌われていて「ここから出ていけ=自分はいてはいけない」と言われているような気がしていました。
家族の中で私一人、仲間外れにされていてはみ出していたような感覚があります。
(大人になった今思えば、考えすぎで悪く受け止めすぎなのですが、とはいえ世間知らずの思春期の子供には、たとえただのからかいや軽口だったとしても辛いものでした)


なので、高校を卒業し、働いてお金を貯めて、東京の専門学校入学をきっかけに上京し、それからは実家と疎遠になりました。
けれどこの時は、母と妹の言葉をうのみにしたんじゃなく、やりたいことが見つかったために家をでたつもりでした。
また親や妹からも、年賀状や電話も含め、こちらからしない限り、連絡はこなかったですし。


****


そんな私が、高齢者になった両親の面倒を、長女だからという理由で実家に戻って同居し始めたことで、自分の人生がおかしくなり始めました。


はみ出しっ子でも、それでも親を慕う気持ちだったり、育ててもらった恩は感じてて。
なので、ここでもばか正直さから、両親が身体が弱って暮らしに困っていると聞き、それならば自分が面倒を見なければと、小さいながら都内でしていた自分の店をたたんで戻ってきたんですね。
けれどもちろん、迷いに迷って決めたことでした。
そして両親、特に母はというと、帰郷をとても喜んでくれてるように思いました。


が、いざ、ひさしぶりに同居してみると、お互いの価値観や考えはますますギャップが大きくなっていて。

そこに、近所に嫁いだ妹も間に入って、三対一になってしまい。
母と妹はますます私を「家族の平和を乱す悪者」扱いし意地悪をはじめました。


とはいえ、情けないことに当時の私は家をでて独立できるほどの収入もなく、なのである程度の貯金ができるまでの我慢と耐えていたのですが。
そのうち、不眠や食欲減退が始まり、ひと月ちかく眼が冴えて興奮しててほとんど寝ずにいたこともあり、急に6キロほど体重が落ちました。

おかしいと気づいて病院に行ったら、適応障害と診断。
けれど、うつの知識がなかった家族には、「いい年して親の世話になっているみっともない人間」扱いをされまして、ますますうつが悪化。


どうしてあの時、変な正義感とか「理想の親子像/常識」にとらわれて、大切な仕事を捨て、実家に戻ってきてしまったんだろう?
冷静に考えたらそもそもうまく行くはずなんてなかったのに。 なんて愚かなことをしたんだろう。
そう考えはじめると、今度はその決断を下した自分に対して、怒りや攻撃の矛先を向けてしまっていました。


とにかく、結局家を出て絶縁し、半年後には適応障害も落ち着いて、かなり良くなりました。


が、時代は刻々と厳しくなってきていて、私のように親戚はいないし身内の力を借りれない人間は、引っ越しも就職もままなりませんでした。
また病気で手術をした時も家族の同意がないせいで困ったり、せっかく見つかったバイト先ではや〇ざ風の人たちに絡まれて警察に駆け込んだりとか。
そんな風にトラブルに巻き込まれ心細い思いをするたび、経済面の不安も含め、これから家族無しで、たった一人で生きてゆけるのかという不安や心配は絶えませんでした。
なので、うつ病も、出たり引っ込んだりしていました。


ただ。
心理学や心理療法を学んだり相談業を営んでいくうち、自分の心や人の心理についても理解が深まり、またそのメンテナンス方法もできるようになってきたら、いつしか、うつが出なくなりました。

同時に、母や妹に対する見方も変わりました。


つい2,3年前までは、「こんな人生になってしまったのは、あの母と妹のせい」と、二人を恨んでました。
結婚しても子供を作らなかったのは生い立ちや過去の記憶のせい、とか。
(という自分を、「セラピストのくせになんだ。不適格だ」と自己批判をしたことも、適応障害が起きた原因とカウンセラーさんに指摘されました)


口下手ですぐに反応して言い返せない私は、早口でぽんぽんしゃべる二人にはかないません。
なので、言いたいことも言えず、途中で話が遮られ、悪く悪く解釈され。
口を聞けばそんなでしたから、母も妹と、じっくり話をしたことがありません。
特に妹は、私のことは何も知らないに等しいと思います。
なぜなら、私が語り始めるとすぐに、「こうなんでしょ?」「こういうことを言いたいんでしょ?」と話を遮り、自分の話を始めてしまうから。
そして妹は自分が想像や感覚で創り上げた私が、実際の私だろうと思っています。


とはいえ、若い頃の私は、「血のつながった家族は努力すればわかりあえる」「家族は仲良くできるよう自分が努力すべきだ」という "常識" にがんじがらめになっていました。
ですから、それができない自分を責め続けたし、心理学関係の本を読み漁っているうち、毒親と言う言葉を知ります。
そして、親や妹を恨み始めたのはそこからです。
合理的で公平公正な、科学の視点からみても、自分のほうこそがモラルハラスメントの被害者だったと気づいたからです。
私一人がおかしかったんじゃなく、うちの家族のありかたこそが問題だったんです。


ただ、今の人生の不運や苦悩を母たちのせいにしているうちは、一瞬は慰められても、心は真っ暗に曇りっぱなしでしたし、うつも治らなかった。

そしてそれは、他人、つまり親を恨んでいるという罪悪感のせいと、後で気づきました。


むしろ、どれほど隠していようと、強い怒りや恨みが心の奥でくすぶっている限り、他の人ととのお付き合いの中で些細な行き違いが起きても、それがふっと目を覚まし、目の前の他人や現実を通り越して、母や妹とやりあってしまっているような錯覚をし、度を越した対応をしてしまうんです。

しかも、それに気づいてしまってからますます、申し訳ないやら情けないやらで、自己嫌悪感が強まってしまいます。
そして自分や未来に絶望し、「もういい、生きていたくない」と希死念慮が出ていました。


そうこうするうち、仕事やネットを通じて知り合った人たち、友人たちに助けられ。

彼らと話したり遊んでいる時の私は、母のことも妹のこともすっかり忘れていて、そして心から笑ったり喜んだりしてることに気づきました。
そして、そういう、怒りとか恨みとか憎しみのない心でいられることこそが、私にとっての幸福な状態であるということ。


そして、自分が何にどう目を向け、ポジティブネガティブのどっちを選ぶかで、自分や自分の人生を不幸にも幸せにもすることができる。
私や私の人生は不幸なまま終わるんじゃない。あきらめなくていい。 
帰る場所も家族もお金も地位も才能もなくても、母や妹がいようがいまいが、それでも自分一人の力で、幸せなものへと変えてゆくことができるんだ、と悟ったんです。


*****


そのうち、「どれほど努力して彼らに歩み寄ろうとしても、時すでに遅しで、もう母や妹とは分かり合えないことは確実。ならばもう、家族などいないと割り切って、それを前提とした生き方をしていこう」と思い立ちました。
そうして、距離を置き、忘れてゆくことで、傷は癒え、怒りの炎も消えていくように思えたんです。


そうこうするうち、去年母が亡くなりました。


そしてそれを知った時(葬儀後に妹からメールで知らされました)、「あぁ、やっと母との闘いが終わった」って安堵したんです。


どんな親でもやっぱり親は親。 だから私は最後の最後まで、母に愛されたかったです。

それに、親もまた、成長途中の未完の人だったし、あの時代はあんなモラハラな子育てが「普通で当たり前」な時代。
そうはいっても育ててくれたし、たまに母親らしいこともしてくれた記憶もあります。
さらには、占いを使うことでますます、母の人となりの理解が深まり、「当時の母にしたら、あぁいう子育てでも、母なりのせいいっぱいだったのだ」と納得ができました。

もっというと、世代間伝搬で、昭和一桁で田舎生まれの母もまたそういう風に育てられてきてたし、ネットもない時代でしたから、他のやり方を知って比較検討などできなかったはず。


そう思うと、母のことが責められなくなりました。
むしろそのせいで、母も最期は施設で孤独な死を迎えることになり、それが不憫にさえ思えてしまって。
もし母が中心となって、家族が和気藹々と過ごせるような努力や配慮をしてくれていたら、私は間違いなく母の最期に立ち会って、怖くないよう寂しくないよう、看取ってあげていたはず。
弱った母を一人で逝かせるようなことはしませんでした。
いつのまにか母が施設にいて放置されていたなんてことを知っていたら。


****


今の世の中は、年金問題や不況、戦争など不安や心配を煽るような要素がいっぱい。
なので自然と誰もが保身から、自己中心的になったり、身内意識が強まったりもするから、それがよけいによその人に対して、冷たい態度を取らせてしまわせてると思います。

だから、誰かの言葉や態度がきっかけで、生きづらさを覚え、苦しんでらっしゃる人たちが大勢いる。
そうしますと、そのそもそもの原因は自分を育てた親にある、親が悪い、という考えが生まれやすく、しかもそれが世間でも肯定されるようになってきて。


私も40代で知識がない時は、そうやって、自分で自分を励ましたり慰めていました。

けれど一方で、そうした理屈で根本的な解決、はありえませんでした。
それどころかむしろ、どんどん距離を作ることになってしまったし、ますます他からの愛情を欲するようになりました。

反対に、「お母さんもお母さんなりに不幸な子供時代を生きてきて、そして実家から遠く離れた場所で一人で不慣れな子育てをして。それでもちゃんとご飯を食べさせてたし、具合が悪ければ病院に連れて行ってくれたし、洋服も買ってくれたり作ってくれて。習い事もさせてくれたし、高校まで出してくれた」

私は子育てしたことがありませんが、高校まで出してあげるのだけでも、大変だったはずと思います。
ましてや母はがんを患ってましたので。
それは、たまには子供に当たりたくもなるでしょう。
「どうして私ばかりがこんな目に」と、思うこともあったと思います。


なんて、母の側に立って、母の気持ちを理解しようとしていくうちに、「毒」はすっかり抜けてしまいました。
正直いまだに愛情は持てないけれど、でも感謝はしています。
今はもう、これっぽっちも、怒りや恨みはありません。
なにより、心が軽く、晴れやかになりました。
こうなると、些細なことでも嬉しかったりワクワクできたりして、"幸せ" や "喜び" に心が震え、幸せをかみしめられる機会が増えたのです。



親でも誰でも。 誰かのことを怒って恨んだり嫉妬したり憎むことほど、自分を不幸にする生き方はないと、今では思います。
反対に、そういうものとは無縁で、「好き」「好き」「好き」と、好きなものが増えれば増えるほど、幸福度は増すもの。


毒親という言い方は、確かに言い得て妙なネーミングではあるものの、かといってその言葉の重みに惑わされないようにしなければ、それがどんどん親を憎ませる原因になり、同時に自分自身を一人ぼっちで寂しい人にしてしまったり、生きる意欲や自信を失わせることにもなりかねないと私は思っています。


ですので、個人的には、この言葉や考えかたは、薬になるどころか、猛毒になるとさえ思ってます。
毒親と言う言葉が、人を恨んだり傷つけてしまう、免罪符のようになってしまっているようなケースも見かけます。

私自身は、もしもこの知識がなかったら、母に対する恨みや怒りを、私は適応障害やうつになるほど募らせなくてすんだような気がしています。
原因は他にもあって、むしろそちらのほうにエネルギーを向けて取り組むべきだったのに。



*****


そういう負の過去のある相手でも気にならなくすること、つまり赦すことって、特に生命力や可能性にあふれ万能感が強い若い頃はとても難しいことと思います。

ただ、誰にでも良心(愛や情。慈悲の心)があって、それがあるうちは、人に向けた怒りが結局自分にも跳ね返ってきて。
憎んだり恨むことで自分が幸せになるどころか、一緒に不幸になってしまいます。
なぜなら、そんな自分や自分のしていることに、良心が、罪悪感や自己嫌悪感を押し付けてくるから。
しかもそこから逃げられない。どんな言い訳や屁理屈を言っても。
そしてそれが苦しくてしかたありませんでした。


好きにならなくていいから、ただ、どうして親がそんな風になってしまったのか。一人の人間として知識や理解が深まれば、「しかたがなかった」と自然に赦しが起きてくると思います。
無理やり、自分に押し付けようとしなくても。(精神科医の水島広子先生の対人関係療法、やAHの本、おススメです)


悔いなく生きることは大切。

そして私が思うに、その "悔い" にはおそらく、「人や何かを赦せなくて、それに執着し続け、怒りや憎しみを持ち続けたことへの後悔」もあるんじゃないかと思えてなりません。


f:id:healing-power1358:20190813132822j:plain



更新の励みになります。ありがとうございます!
  にほんブログ村 ライフスタイルブログ 心のやすらぎへ